旧・新宿三越は2012年夏、ビックカメラに替わる。合理化を進める三越と、新宿出店を望むビックの思惑が一致。その交代劇は、2つの業態が歩んできた歴史の帰結だった。

三越伊勢丹ホールディングスは、2012年3月末に東京都新宿区の新宿三越アルコット店(旧三越新宿店)の営業を終了すると発表した。同建物を、10年間、家電量販のビックカメラに賃貸する。ビックは2012年夏の開店を目指す。
百貨店去って家電量販来る──。流通業の盛衰を体現するような光景だが、珍しいケースではない。2009年には三越池袋店の跡地にヤマダ電機が、2006年には吉祥寺店、2005年には横浜店の跡地にヨドバシカメラが開業している。
ビックに一括賃貸される建物は「商業的には垂涎の立地」(大手家電量販幹部)。取材に応じたビックカメラの宮嶋宏幸社長も、伊勢丹本館の斜め向かい、新宿通りに面したその立地を「(年間)1兆円とも言われる巨大なマーケットである新宿の中でも、素晴らしく魅力的」と評する。
建物は地下1階と地下2階でそれぞれ東京メトロ・副都心線の駅と直結。ビックが開店する2012年には、副都心線に東京急行電鉄東横線が乗り入れを開始する予定なので、同沿線エリアからの消費者の流入も期待できる。
三越は、なぜその「垂涎の地」の営業権を家電量販に委ねなければならなかったのか。
家賃は60億円前後か
そもそもアルコットは苦戦が続いていた。2005年に百貨店・三越新宿店から専門店ビルへと業態を転換。しかし奏功せず、「垂涎の地」に見合うキャッシュフローは得られなかった。
ビックの宮嶋社長は契約の詳細を伏せるが、同じく三越から賃貸契約を持ちかけられた大手家電量販の首脳は「提示された家賃は年60億円だった」と明かす。三越伊勢丹への利益貢献に換算すれば、「営業利益ベースで年間10億円の押し上げ効果を生む」(白井俊徳・経営企画部長)。三越伊勢丹は、営業を他社に委ねても安定したキャッシュフローを得る道を選んだ。
かつては、あらゆる消費財を販売していた「百貨店」だが、1980年代、売り場から書籍や家電、スポーツ用品などが消えた。百貨店が手放したそうした売り場は、「専門店」という業態に進化し、「自分で仕入れて1円でも安く売る」という激しい価格競争を戦いながら筋肉質の経営体質を磨き上げてきた。家電量販はその代表格だ。
一方、百貨店の方は、ブランドに売り場を委ねて家賃収入を得る、在庫リスクとは無縁の「不動産業」へ傾いていった。かつて新宿三越を専門店ビル化したのも、今回のアルコットの一括賃貸を決めたのも同じ発想だ。
ここで皮肉な光景が展開されつつある。ビックはアルコット跡の複数フロアに他業態のテナントを誘致する考えを示しているからだ。力をつけた家電量販が進めているのが、百貨店が捨てた「総合」化。「あくまでも専門店の強みを失うことがないように、専門性を深掘りすることが大事」と宮嶋社長はクギを刺すが、家電量販業界では、各社とも食品、化粧品、玩具など「家電以外」のカテゴリーに力を注いでいる。
新宿の一等地に構える「総合小売り」の屋号が「三越」から「ビックカメラ」に替わる。その交代劇は、百貨店と家電量販、それぞれが費やしてきた数十年の経営の帰結だったと言っていい。
日経ビジネス 2011年5月23日号12ページより