法人市場戦略を解説するスカイプ社のステファン・オバーグ副社長 (2009年Interop Las Vegasで筆者撮影) 2011年5月10日、マイクロソフトはネット電話の最大手スカイプ(Skype)社を85億ドル(約7,000億円)で買収すると発表した。スカイプは月間利用数が1億7,000万人に達し、世界でもっとも普及しているインターネット電話だ。しかし、同買収の発表後、米国では「買収価格が高すぎる」「相乗効果が期待できない」「防衛対策上の買収に過ぎない」といった疑問の声 *1が飛び交っている。巨額の費用を投資してスカイプを手に入れたマイクロソフト。その真意は一体どこにあるのだろうか。
グーグルやアップルに対抗するため?
一般紙や経済誌の多くは、同買収をマイクロソフトの消費者戦略と結びつけている。これはiPhoneやiPadで躍進するアップル。それを追ってAndroid携帯やChromeタブレットを繰り出すグーグル。スカイプ買収は両社への対抗戦略—-との見解だ。
マイクロソフトは、同社の携帯電話OSであるWindows Phone 7にスカイプを組み込むほか、Xboxに搭載してゆくと発表している。確かに、スカイプはアップルやグーグルへの強力な武器になるだろう。
たとえば、スカイプとアップルの関係は冷めている。両社は最近、iPhone用スカイプ通話アプリの承認で対立し、連邦通信委員会による不当行為調査にまで至った。アップルにとってスカイプ社は、厄介な存在だ。その意味で同社はマイクロソフトの味方といえるだろう。
また、グーグル・ボイス *2で米国内無料通話サービスを展開するグーグルにとっても、スカイプは強敵だ。スカイプを手中にすれば、マイクロソフトはグーグル・ボイス対策を展開しやすくなる。
しかし、アップルやグーグルへの対抗戦略と考えるには、スカイプの買収額は高すぎる。
2009年9月、米オークション・サービスの最大手イーベイ(eBay)は、スカイプ社を約27億5,000万ドル *3で、シルバー・レーク(Silver Lake Partner)を筆頭とする投資家グループに売却している。
*2 日本では規制などでグーグル・ボイスのサービスはおこなわれていない。
*3 イーベイは、19億ドルをキャッシュで受け取り、残りはスカイプの株(35%)で受け取った。
その後、同投資家グループは、2010年8月にスカイプの株式上場を狙い、米ナスダック市場に申請している。同上場は取りやめとなるが、申請資料からおおよその業績が推測できる。
当時の資料によれば、利用者数は毎月平均1億2,400万ユーザーで、2010年上半期の通話時間は950億分に達している。一方、skypeの有料サービスを利用しているのは、810万人 *4となっている。ちなみに、当時のニュースでは、2009年の国際通話4,060億分の13%はスカイプ通話がしめていると、通信系調査会社TeleGeography社が述べている。
2010年上半期の売上は4億600万ドルで、前年同期より25%増加した。年間成長率は、2007年から2008年で44%だったが、2008年から2009年は14%に減少している。また、2009年上半期の修正EBITDA(Adjusted Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization:金利・税金・償却前利益)は、1億1,600万ドルで前年同期の7,520万ドルより54%上昇している。下半期が上半期と同じという単純な試算をすれば、2010年の売上は約9億ドルで、粗利が約2億3,000万ドルとなる。
この数字から推定すると、マイクロソフトがスカイプを85億ドルで買収したのは大きな驚きだろう。なぜなら、携帯電話やゲーム機、タブレット・パソコンへのスカイプ搭載は、マイクロソフトに直接的な利益をもたらすわけではないからだ。
そのため、多くのアナリストやブロガーは、年間の粗利が2億から3億ドルの会社に85億ドルもの巨費を投じた理由を追い求めた。結果、「グーグルがスカイプ買収を狙っており、それに対抗してマイクロソフトが高価な買収に走った *5」あるいは、スティーブ・バルマーCEOに「同買収を強く勧めたのはビル・ゲイツ会長だった」ため、高い価格にもかかわらず買収を決めた—-という分析が飛び出した。
しかし、米国における企業買収は、非常にシステマティックにおこなわれる。これだけの大型買収であれば、著名な投資銀行・会計事務所・弁護士事務所などによる財務・業務・経営体制などの多角的な評価がおこなわれて、買収の価格や条件が決まる。
もちろん、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOに最終判断はゆだねられる。しかし、機関投資家から厳しい視線を浴びる上場企業のトップが、18ヵ月で転売する同社価格を3倍する根拠もなしに、買収を決定することは難しい。
そう考えれば、米一般メディアや経済紙が指摘する「アップル/グーグル対抗戦略」を買収の決定理由と見るのは適切ではないだろう。対抗策を具体的な価格の根拠にすることは難しいからだ
消費者市場から法人市場へと向かうスカイプ
アップルやグーグルへの対抗策が主な買収理由でないとすれば、マイクロソフトの狙いはどこにあったのだろうか。その根拠を探るために、スカイプ社の戦略を追ってみよう。
従来、スカイプは個人や零細企業への無料通話サービスを表看板に加入者数を伸ばしてきた。当時は、加入者を増やせば、資金は調達できた。スカイプは消費者市場のプレーヤーと、多くのメディアや一般市民は考えている。しかし、イーベイに買収された後、スカイプは黒字化を求められ、法人市場への参入を積極化させている。
*5 IT系ブロガーのRobert X. Cringely氏は「Why Microsoft bought Skype」と題するブロクでグーグルに買われることを嫌ってマイクロソフトが高値買収をおこなったと論じている。http://www.cringely.com/2011/05/why-microsoft-bought-skype/
その一例として、2009年5月に開催されたインタロップ・ラスベガス(Interop Las Vegas)会議で、スカイプ社のステファン・オバーグ氏(Stefan O”berg、VP of Skype for business)がおこなった基調講演を紹介しよう。
そのとき同氏は「ユーザーの35%がスカイプをビジネスに利用している *6」と企業向けサービスの充実を売り込んでいる。また、スカイプ社が「Skype for SIP」や「Skype for Asterisk」を投入し、IP-PBX(ネット対応構内交換機)ベンダーとの連携を進めていることや、マイクロソフト・アウトルック、同オフィスへの搭載、クラウドCRMサービスのセールスフォース(Salesforce.com)やウェブ・ブラウザーへの組み込み支援を積極化させていることなどを紹介した。
また、イーベイから売却された後の2010年9月には、アバイヤ(Avaya)と法人サービスで提携 *7し、同社のIP-PBX(SIP)でスカイプ通話が可能になっている。
企業がスカイプを使う場合、困るのは通話ログや通話先の制限ができないことだ。大企業ともなれば、各種規制(コンプライアンス)やセキュリティーから、こうした機能はどうしても必要だ。そこでアバイヤのようなIP-PBXベンダーと提携し、通話管理機能(受発信許可設定や許容回数)を付加する必要がある。
スカイプは、アバイヤだけでなくブロードソフト(BroadSoft)やシスコ(Cisco Systems)、グランドストリーム(Grandstream Networks)、ジャジンガ(Jazinga/FREETALK)、LG-Ericsson、ショーテル(ShoreTel)、シーメンス(Siemens)、3CX、SIPfoundryなどのPBXベンダーとも提携を進めている。
また、2010年2月には、米携帯電話2位(加入者比較)のベライゾン(Verizon Wireless)と提携し、同社のスマート携帯電話でスカイプ無料通話を実現している。企業通信分野では、モバイル対応がますます重要になっており、グーグルのAndroid携帯 *8を支援するベライゾンとスカイプが提携することは、企業向けワイヤレス・モバイル戦略において重要な意味を持つ。
こうして通信機器ベンダーと提携しライセンス費用を得る一方、通信事業者との関係強化を進めるなど、スカイプは法人市場への参入を進めていた。
そう考えると、マイクロソフトはスカイプのメリットを法人市場開拓に見いだしたのではないだろうか。
真の敵はIBMやシスコ、アバイヤなどではないか
一方、マイクロソフトは企業コミュニケーション分野で着々と成果をあげている。現在、企業情報システムはPost-PBX時代に入っている。音声通話は以前ほど使われなくなり、日々のコミュニケーションは電子メールやチャットが主体となっている。米国では、文書を共有できる電話会議やビデオ会議の需要が高まっており、従来のような音声中心のPBX(構内交換機)に投資する企業は減っている。
*7 当時、スカイプとアバイヤは、投資会社シルバー・レーク・パートナー社が所有しており、両社の提携は自然の流れだった。
*8 ちなみにスカイプはiPhone 3G用アプリの新バージョンを2010年7月に公開した。6月版はバック・グラウンドで作動しないため実用的ではなく、また、基本は無料通話であるにもかかわらず通話料を課金されるなど、ユーザーの期待を裏切るものだった。新バージョンでは、こうした制限が撤廃された。
PBXの代わりに、米国の中堅から大手はユニバーサル・メッセージング(UM)やユニバーサル・コミュニケーション(UC)の導入が盛んだ。もっとも代表的なUCはIBMのLotus SametimeとマイクロソフトのMicrosoft Lync(旧Microsoft Office Communicator)で、どちらもIP-PBXと同じようにIP電話機能や携帯・固定電話統合機能などを備えている。
なお、スカイプが提供している音声通話やビデオ会議、チャットなどのサービスは、ほぼLyncと重複している。逆に、セキュリティーや通話管理など、スカイプではサポートされていない機能をMicrosoft Lyncは持っている。
今後、企業コミュニケーション分野では、Microsoft Lyncがますます伸びてゆくと予想されている。先ほども述べたように、スカイプはアバイヤなどのIP-PBXベンダーと連携を深めているが、時代はPost-PBXに向かっている。
逆に、スカイプが買収され、Microsoft Lyncに統合 *9されることで、マイクロソフトはIBMなどのUCベンダーや、アバイヤなどのIP-PBXベンダーを突き放すことができるだろう。
スカイプを手中にすれば、すくなくとも数千万のユーザーをMicrosoft Lyncシステムに誘導できる。また、電話は通話相手が多いほど規模の経済が働き、利用頻度があがる。月間1億7,000万のユーザーを抱えるスカイプは、その点でも理想的だろう。
私は、このスカイプによる法人通信市場の強化が、今回の主な買収目的だと思えてならない。すくなくとも、買収価格を決める上で意味のないアップル/グーグル対抗戦略よりも、直接的な収益増加につながる企業コミュニケーション強化の方が論理的に見える。
スティーブ・バルマーCEOは「買収後もスカイプの提携戦略や他社OSへのサポートを続ける」と述べている。しかし、こうした言葉を信じる業界人はいないはずだ。85億ドルもの巨額を投じるからには、その投資回収を最短距離でおこなうのが当たり前だ。時期をみて、マイクロソフトが、不要な提携先を切り捨てることは目に見えている。
企業コミュニケーションの垂直統合を目指す
もう少し視点を広げてみよう。マイクロソフトの通信分野における戦略は、端末系とサーバー系に分かれる。サーバー系では、Microsoft Lyncなどを中心とするUC戦略を展開している。これはいずれ、他の基幹系アプリケーションとともにAzure Platformをベースとするクラウド・サービスへと統合されてゆくだろう。
一方、マイクロソフトは端末分野でも積極的な姿勢を示している。その柱となるのが、2011年2月11日に発表された、ノキア(フィンランド、携帯電話端末最大手)との提携だ。元マイクロソフト・エグゼクティブのスティーブン・エロップ氏が2010年9月にノキアの最高経営責任者(CEO)に就任して以来、両社の提携は多くの業界人が予想していた。
スマートフォン開発で後れを取ったノキアは、年々業績を落としている。現在のところ、辛うじて携帯メーカートップを維持しているが、今年中には2位転落が予想されている。そして、ノキアはマイクロソフトと全面提携することで、生き残りを狙っている。
現在、米通信業界では「マイクロソフトがノキアを買収する」との噂がなんども流れている。ノキアの携帯端末部門だけを分離買収する案など、様々なバリエーションがささやかれている。
マイクロソフトにとって、ノキア買収のメリットは自社携帯端末を持てることだ。アップルのようにiOSを軸にiPhoneやiPadなどのハード・ソフトを一体として開発・製造販売すれば、マイクロソフトは戦略的に大きな自由度を得るほか、営業・開発支援などの面でもコストカットができる。
しかも、法人市場に弱いアップルやグーグルを尻目に、マイクロソフトは企業コミュニケーション製品群とモバイル端末を結びつけて法人市場での垂直統合ビジネスを展開できるだろう。回り道をしてはいるが、マイクロソフトもまた「端末とデータセンターを両輪とする」法人系クラウド・ビジネスの構築を狙っている。
◇◇◇
多くのアナリストやメディアが指摘するとおり、マイクロソフトに買われた企業が勢いを失う事例は数多い。事業部間の競争意識が高い同社には「社内交渉」という高い壁があり、新たに買収された企業がその技術を既存製品に乗せることは困難をともなう。多くの優良企業やベンチャーが買われて、相乗効果を生まずに放置されてしまう原因は、そうしたマイクロソフトの社風にある。
そうした観点から考えると「スカイプがウィンドウズ製品に広く搭載され、相乗効果を生む」ことは期待できないかもしれない。スティーブ・バルマーCEOも、それは分かっているはずだ。たぶん、スカイプの搭載はMicrosoft Lyncなどの企業コミュニケーション製品を優先させ、ウィンドウズ・オフィスなどの伝統的な製品群には「後回し」あるいは「搭載なし」という結末が待っているかもしれない。
逆に、そうした限定的な相乗効果にとどまらず、企業コミュニケーション系法人クラウドにまとめることができれば、スカイプの85億ドルはけっして高い買い物ではないだろう。




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