アップル、スティーブ・ジョブスCEO〔PHOTO〕gettyimagesここ数週間、米国では「アップルが、いよいよiTunesをクラウドにのせる」との噂が飛び交っている。米国では、今年3月にアマゾンの”Cloud Drive”がサービスを開始し、それを追ってグーグルが5月の開発者会議で”music beta by Google”を予告した。最大手アップルも6月始めに開かれる開発者会議でクラウドへの参入を発表するだろうと、消費者の期待感が高まっている。
前評判を高める意図的リークか?
アップルのクラウド騒ぎは、IT系ウェブ誌CNetの5月18日付観測記事が発端だった。同記事は消息筋情報として、アップルがミュージック・クラウドに関して「イーエムアイ(EMI Music)社と著作権契約が締結したこと」や「ユニバーサル(Universal Music Group)やソニー(Sony Music Entertainment)などとの交渉も締結間近」と報道した。
アップルは6月6日から開発者会議”WWDC(Worldwide Developers Conference)”をサンフランシスコで開催する。同イベントは毎年、スティーブ・ジョブスCEOが自ら新しい製品やサービスを紹介することで有名だ。
同社は新製品発表前に意図的に情報を漏洩して、人気を盛り上げることが多く、今回もWWDC開催直前ということで、アップルのミュージック・クラウドに関するリーク記事は大きな注目を浴びた。Cnet誌は5月18日に続き、20日、24日と続報を流し、アップルが進める大手音楽レーベルとの交渉を明らかにしている。この報道に追従し、大手IT業界誌などがアマゾンやグーグルとの比較記事を次々と掲載した。
これまで、アップルの音楽事業はパッケージ・メディアのやり方をインターネットに転用するビジネス・モデルだった。大手音楽レーベルは、一般小売店向けに光学ディスク(CD)の販売契約があり、卸価格なども決まっている。それをそのままインターネットに置き換えたのが、現在にiTunesストアーで、参入が容易だった。
つまり、音楽レーベルは、新しく料金体系や契約条件を決める必要がなく、それぞれの楽曲がCDではなく、ネット経由で個人のパソコンに蓄積されることを認めるだけで良かった。しかも、再生はiPodやiPhone、iPadなどのアップル端末に限定され、違法コピーの懸念も低かった。
一方、ミュージック・クラウドは音楽をパソコンからコピーする必要はなく、アップルのデータセンターから直接ストリーミング(音楽信号)でアップル端末に届ける。こうしたストリーミング・サービスは、インターネット・ラジオで一般化しており、技術的な問題はない。
しかし、個人購入の音楽をストリーミング再生することは前例がなく、契約内容や料金体系を新たに決めなければならない。CDの売り上げ減少を懸念する米大手音楽レーベルは、これに難色を示してきた。
約1年半、準備を進めてきたアップル
アップルのミュージック・クラウド参入は、2009年12月4日にミュージック・クラウドのベンチャー「Lala.com」を買収して以来、なんども噂になっていた。パロアルトに2006年設立された同ベンチャーは30万人の会員をあつめ、約50万枚のCDを売り上げている。2007年に同社はユーザーがCDをMP3形式でアップロードし、好きな時にネットで聞けるストリーミング・サービスを開始している。
その後、徐々にサービスを拡大し、アップルに買収される直前にはMP3フォーマット形式で個別に曲を販売・再生するミュージック・クラウド・サービスを充実させていた。約8,000万ドルで買収した後、アップルは2010年3月末に同サイトを閉鎖した。閉鎖にともない、アップルが同ストリーミング・サービスをiTunesストアーで展開するのは間近だろう—-との観測が広がっていた。また、アップルがしきりにクラウド関係のエンジニアを募集していたことも、同観測の根拠となった。
しかし、入念な準備を進めるアップルを横目に、アマゾンとグーグルは先にサービスを開始した。
アマゾン社は2011年3月29日、ビデオや音楽ファイルなどを自由に保存できる”Amazon Cloud Drive” *1を発表した。これは個人向けクラウド・ストレージ・サービス *2ではあるが、MP3形式の音楽再生ツール「Cloud Player」が装備されていたことから大きな注目を浴びた。
Cloud Driveはユーザーが無料で使えるストレージ(外部記憶装置、5ギガ・バイト)サービスで、ミュージック(MP3)なら約1000曲まで、写真なら2,000枚、HDビデオなら20分まで保存できる。しかも、同プレーヤーにブラウザーあるいはアンドロイド携帯アプリでアクセスすれば、好きな時に、好きな場所で自分のアップロードしたミュージックを聴くことができる。
また、アマゾンの「MP3 Store」には約1,500万曲がそろっており、それをクリックひとつで購入できる。ただ、アマゾンは、同サービス開始にあたって、大手音楽レーベルとの契約交渉をおこなっていない。
一方、グーグルは2011年5月10日と11日に開催したGoogle I/O(グーグル開発者会議)で、”music beta by Google”というサービスを発表した。これもユーザーが所有する音楽をグーグルのサイトにアップロードすると、アンドロイド携帯で聴くことができる。
*2 個人向けクラウド・ストレージ・サービスは、自分のパソコンにデータを保存する代わりに、データセンターに保管するサービス。
2万曲までは無料サービスで、カテゴリー別に再生リストを簡単に編集できる機能などがついている。ただ、現在は予告サイトが公開されているだけで、いつからサービスを開始するかなどの詳細は決まっていない。同サービスも音楽レーベルとのライセンス契約はない。
アップル包囲網に懸念する大手音楽レーベル
アマゾンにせよ、グーグルにせよ、モバイル端末はAndroid携帯やAndroidタブレットだけを対象にしている。これは、コンテンツからディバイスまでを囲い込んでビジネスを展開する”Apple iTunes Store”戦略を突き崩すことが狙いだ。見方を変えれば、アップルの”iOS”とグーグルの”Android”というモバイルOS戦争が、ミュージック・クラウド分野に波及したともいえるだろう。
既に述べたように、インターネットを使って音楽を流す技術は成熟している。障害は、著作権の処理にある。欧州ではSpotifyというミュージック・クラウド・サービスが普及 *3している。しかし、米国では各音楽レーベルが強固な反対姿勢を示してきた。では、なぜ今になって音楽レーベルは、ミュージック・クラウドを認める姿勢を示しているのだろうか。
第一の理由は、アップルの営業力だろう。CD販売が減少する中、オンライン音楽販売で世界最大の売り上げを誇るアップルだからこそ、音楽レーベルとしてはミュージック・クラウドの契約交渉に応じたといえる。
しかし、最大の理由は各レーベルの合意なしに、グーグルやアマゾンが無料サービスを開始したことにある。このまま無料サービスを放置すれば、ミュージック・クラウドの有料化で機会を失う可能性がある。だからこそ、オンライン販売最大手であるアップルとのライセンス契約は「重要な前例」となる。
しかし、なぜアマゾンやグーグルは堰を切ったように、ライセンス契約なしでミュージック・クラウド市場に参入したのだろうか。
これは以前、このコラムでご紹介したRS-DVR裁判の影響といえる。同裁判では、中堅CATV事業者のケーブルビジョン(Cablevision Systems)が、コンテンツ事業者(ABC、NBC Universal、Paramount Picturesなどを含む)と、データセンターで録画再生をおこなうRS-DVR *4サービスの違法性を争った。
同裁判は地方裁判所から上訴裁判所へともつれ、2009年5月、米連邦最高裁はユーザーが自分で操作をおこなう限り、録画・再生装置がどこにあっても「違法コピーにはあたらない」との画期的な判断を示した。
*4 RS-DVRとは、Remote Storage-Digital Video Recorderの略。家庭にあるDVR付STBの代わりに、CATV事業者のネットワークセンターにある大型記憶装置でビデオの録画サービスを提供する。
このRS-DVR裁判はビデオの録画再生サービスだが、その判決内容は「ユーザー自身が操作すること」という趣旨を満たせば音楽にも適用できる。つまり、ユーザー自身が操作する方法なら「ミュージック・クラウド・サービスに参入しても問題ない」とアマゾンやグーグルは判断したわけだ。
ただ今後、大手音楽レーベルがアマゾンやグーグルを裁判に訴えることはあり得る。アマゾンやグーグルにアップル同様のライセンス契約を求めるため裁判に訴えることは、現実的な交渉術といえるからだ。その場合、グーグル・アマゾン陣営とアップル・音楽レーベル陣営が対立を繰り広げる興味深い状況が生まれるだろう。
◇◇◇
本来であれば、音楽業界でもCATV業界で進んでいるUltraViolet規格のようなアプローチを考えるべきだろう。UltraVioletは、オンライン販売やオン・ディマンド・ビデオなど、様々な形式でネットワーク配信されるビデオ番組を包括的に管理することを目指している。これはオンラインでビデオを購入する場合、パソコン、STB、ゲーム端末などディバイス毎に費用を払わなければならない現在の著作システムに消費者が不満を高めているためだ。
同様に、音楽もApple iTunes、Amazon MP3など端末毎に電子著作権で管理されていて、端末が違うと聞くことができない。つまり音楽CDではディバイスの種類が違っていても所有権が確保され、確実に再生もできていたが、オンライン配信ではこの利便性が失われてしまった。そのため、アマゾンやグーグル、アップルは電子著作権なしのオンライン音楽販売を主張しているが、音楽レーベルは違法コピーを懸念して賛同していない。
CATV業界が進めているUltraVioletも実現に苦労を重ねているが、アップルのクラウド市場参入を契機に、こうした長期的な視野に立ったシステム作りを音楽業界でも実現して欲しいものだ。






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